地域の概要

藩政時代から明治のはじめの富樫地域は、高尾、窪、山科、伏見新、寺地、円光寺、地黄煎、清瀬、坪野、倉ケ嶽の十ケ村に分かれていたが、明治22年(1889)4月町村合併で石川郡富樫村が誕生した。

富樫村名選定の理由は、『この辺りの往古(おうこ)は、富樫庄、中古には富樫組と称し、高尾、倉ケ嶽とに、その昔国守富樫氏累代の城砦ありて、国史に関係ある地方に付、これを以って富樫村と称する』とある。

昭和10年(1935)12月16日、33年の村政に終止符をうって、金沢市に編入した。富樫は金沢市の南、大乗寺丘陵、倉ケ嶽を背に野田 山丘陵地帯を含み、伏見川の清流、風光明媚に恵まれ、天然記念物「山科の大桑化石層甌穴」、金沢の地名の由来となった「芋掘り藤五郎 (居住跡が現藤五郎神社)等、歴史、文化的遺蹟を有する理想の住宅地として、昭和32年(1957)、金沢市が「市営円光寺住宅団地」を造成した。

この頃より、近隣では農地の宅地転換が進み、土地区画整理事業等による住宅造成が活発となり、金沢市の「ベッドタウン」として発展、今日に至っている。

山科の大桑層(おんまそう)化石産地と甌穴(おうけつ)

伏見川の仙人橋付近の川底に、大小さまざまの穴が見られます。小石が水勢により回転してできたもので、おう穴といいます。さらに上流200mにわたり、おう穴は変化に富んで谷も深く、景観も見事です。

また、仙人橋付近の川岸の中腹あたりに白い帯状が見えます。これが貝の化石による大桑層で、2,300万年前の日本海の状況を知る上に貴重なものとして注目されており、いずれも天然記念物に指定されています。

バラ公園(1,630㎡)

富樫の金沢南総合運動公園内のバラ公園には、約120品種約1,800本のバラが、アーチ仕立てやフェンス仕立てにより、立体的に飾られロマンチックな雰囲気をかもし出しています。

見頃は5月下旬〜6月下旬と9月下旬〜10月中旬です。